夢だった国際通りの御菓子御殿 行動すれば実現できる!

那覇市の中心市街地、国際通りの新名所として注目されている『御菓子御殿』。首里城をモチーフにしたその外観は、まさに沖縄のシンボルで、撮影ポイントとしても人気上昇中だそう。国際通りに『御菓子御殿』をオープンさせることが夢だったという、株式会社お菓子のポルシェの澤岻カズ子社長にお話を伺いました。

株式会社 お菓子のポルシェ 澤岻 カズ子社長■国際通りに「御菓子御殿」が誕生したきっかけをお聞かせ下さい。
工場を併設した「御菓子御殿」は、恩納店、読谷本店に次いで3店舗目です。国際通りに首里城をモチーフにした「御菓子御殿」をオープンさせることは夢でした。国際通りに店舗は持っていましたが、やはり自社ビルで、という想いがありました。家主である本屋の半分をテナントとして借りていたのですが、琉球王朝のお城中に御菓子がいっぱい本屋を撤退して売りに出すと聞き、すぐに申し込み。たくさんの買い手の中から、地元で頑張っている地元企業のポルシェさんに、ということで私共を選んでいただき、本当に有り難いと思います。おかげさまで、国際通りの新名所としてテレビや雑誌などにも取り上げられていて、好評をいただいております。

■松尾店の特徴をお聞かせ下さい。
やはり、首里城の装いですね。琉球王朝のお城の中にお菓子がいっぱい詰まっているというイメージ。松尾店には、沖縄家屋を再現させるという会長のプランがあったので、池原建設さんでなくてはできない建築でした。2階のレストラン『琉球ダイニング 松尾』は趣向を凝らしていて気に入っています。読谷からだと大変だったと思いますが、建設中は、隣の土地が建物のない状態で借りることができたので工事車両を駐車することもでき、運がよかったです。縁に恵まれました。松尾店にはとても満足しています。沖縄家屋を再現させるという会長のプランがありました

■創業30周年おめでとうございます。これまでを振り返っての想いは?
ありがとうございます。昭和61年、村の商工会から村興しの一環として特産品である紅イモを使ったお菓子を。という依頼がありました。紅いもの品質や安定供給ができないなど、大変でしたが、やらなければいけない、と必死でしたね。村も応援してくれるし、生産者も頑張ってくれる、大変だけど、2階への階段成功するまでは頑張り続けなければいけないという想いでした。あの大変だった頃があるから今があると感謝しています。そうして誕生した『紅いもタルト』が沖縄を代表するお菓子に成長しました。読谷という小さな村が全国に広がるくらいに育ったのも、周りの協力を得ながら、続けることができたからです。

■ポルシェの社員はみなさん元気がありますがその秘訣は?
2階には趣向を凝らしたレストランが。社員自身に生産性を意識させ、具体的な数字で考えさせることですね。私は自分で作って営業してと、すべて自分自身で仕事をしてきました。経験を通しての自信があるから、現場の苦労が解るし、もう少しできるでしょ?と社員に対しても言える。社員とのコミュニケーションはとても大事です。女性同士だから話しやすいというのもあるかもしれません。毎年毎年成長しよう!とは社員共通の想いです。あと、言ったことはやり遂げる。「有言実行」ですね。夢だった松尾店ができて本当に誇りに思います。

店舗・施設のお客様の声